私は両親とも早くに亡くした(二人とも60代)こともあってあんまり家系のこと知りません。
母の家は元武士の家で、父親は大企業に勤めていたけど独立したのか事業で失敗したと聞いた気がします。
母と叔母は神戸で生まれ、男子がほしいお姑さんにお母さんは追い出され後妻さんが来たけれど結局男の子は生まれなかった。
家が没落?したこともあり母もお姉さんも高校しか出てないけど、叔母さんは母とは違いとってもしっかりしたできる人で東大出の男性と結婚
母は仕事が何故か続かず叔母の家に居候して子守のようなことをしていたらしい。
父親のことはもっと知らない。
瀬戸内海の名もない島で生まれた?
戦前に上海の同文書院という大学(多分国費留学)に通っていたけど、戦後戻ってきて今の阪大に復学。その後商売を始め店員の女性とくっついてしまい子供が二人できたけど、その人は出ていき幼子を抱えてどうしようもなく母と見合いし結婚
何となく小さい時から聞いた話を総合するとこれくらいの知識しかありません。
数年前、東京にいる叔母の息子(イトコ)が仕事で福岡に来るからと連絡が入り会いに行ったことがあります。
私より年上のいとこは私の知らない母のことを沢山話してくれました。何故母が叔母のうちに居候していたかもこれでわかりました。
いつまでも居候ではいられないと、周りから紹介されたコブ付きの父親と結婚したけど辛かったみたいです。
私の義理の兄弟とも折り合いが悪かったし。
ウチの母病弱だったこともあったけど、あんまり幸せそうじゃなかったなー
旦那さんの方はとにかく家族が複雑。
戦争孤児?だったお母さんがある家の養女になり結婚し、子供が二人産まれたけどご主人が亡くなり、旦那さんのお父さんと再婚し旦那さん、妹が生まれたけど、今度はお母さんが亡くなり、新しい奥さんもらい弟が生まれたという感じ。
ここまでは理解してたけど他にも色々あり・・
狭い地域であちこち行ったり来たり。
数年前に旦那さんの両親が立て続けに亡くなり、その時に義理のお兄さんが家系図を整理したものをくれました。
旦那さんも高校までしか実家にいなかったので、あまり親戚のこと知らないので助かりました。
そして生まれた我が子
ひとりっ子だし、親戚付き合いもほぼなし。
雨でサークルがなくなってしまい、星乃珈琲店にモーニングに行きました。
その時に読んだ中野翠さんの本
中野翠って昔よく林真理子のエッセイに登場していた人だよねくらいの知識
彼女も私と同じくらいの先祖に関する知識だったのが、遺品整理をしてたら曽祖母が家老の娘で桜田門の家老屋敷で生まれたとわかったらしい。
まだ読み切ってないけどこれを読みながら考えた。
何も我が家のこと知らない子供
勿論興味もなさそう。だけど将来もっと歳を取った時自分のルーツを知りたくなる時期がきっと来るだろう。中年になって話ができればいいけれど、私は短命な家系
今話してもきっと話半分で聞いてくれないだろう。
子供が将来自分のこと知りたくなった時どうやって伝えたらいいだろうと思ってしまいました。
死んだらこのブログを見てもらう予定なので(今はブログをしていることは知ってるけど見たことはないはず)この記事読んでくれたらいいかっ!と思いながら書いてます。
そんなこんなで我が家は成り立ってます。私たちの兄弟は独身だらけなんで、子供がこのまま独身なら両家は終わるなー。